
「母ちゃん」が日々の生活の中で失ったものを埋めようと思って、書店で手に取った本。
初めに買ったのが左、「100%幸せになる乙女の魔法のつかいかた。」
乙女と魔法。
最近こういうふわふわした感じ、欠落している。
あまりに枯渇してるのか、何歳だか知らんが少女ぶってる(失礼)作者の写真も全く嫌な感じがしない。「この人になりたい」ではなく、もっと抽象的に「こういうのいいな」と思い購入。
非常に自分に都合のいい自己啓発本だ!
と、思いながらも、なんだか作者の言う「ふんわり、まろやか」な気分になり
「そう言うけどさあ、かあちゃんやってたら無理だよ」と言い訳したくもなるが、
ニコニコ笑う娘を見ながら読んでいると「こうでいいんだよね」と思う。
男と対比される女でも
同士とつるみ競い合う女子でもない
ただ咲いているだけでいい一輪の花。
存在するだけで幸せそう。見てるわたしも幸せ。
息子には感じない気持ち。同じようにカワイイけど、違う。
ふと、女の子の親ってみんなそういう風に思った。
自分の親もこんな気持ちだったのなら、生まれただけで幸せなんだなと感じた。
そして、この一節に「かあちゃん」は戒められてしまった。
「すべてはつかみとるものではなく、贈られるものだと知る。
夢は叶えるものではなく、叶えてもらうものだということを知る。
自分がすべきことは、ただその舞台に相応しい存在になること、
すべてに愛されるようにすること、ただそれだけなのだと知る」
そうだよなあ。
もしも、自分の夢、目標に手が届いた時「自分で夢を叶えました!」と言っている人って素敵だろうか。敵がいっぱいだろうに。地位やお金がなくなったらどんどん人は去っていくだろうに。
自分の掲げた夢は沢山の人の力によって叶えられるものだ。
そう思える人が、夢を手にできるんだ。
私の「作家になりたい」夢も、読んでくれる人がいなきゃ成り立たない。
野心のように「夢を叶える!」とずっと思ってた。男友達と張り合ってた。
今、その準備が全くできなくて焦っていた。母ちゃんである自分から逃げ出したくなっていた。
焦る必要ないし、今の自分に出来ることは沢山ある。
むしろ、最短ルートを得たんじゃないかと思える。
面白くなって、もう一冊買ってみた
「史上最強の乙女のバイブル。」
これはロト6のCMを思い出さずにはいられない。
すべては「運」の計らいだという考え方。いや、考え方じゃない。
「運」のおかげなんだ。(運の存在を無視すると運は逃げちゃう)
そして、自分の幸せに一生懸命になっていいんだと諭す。
「自分だけいい思い」が出来なくて気を使っちゃう私にはありがたい言葉かも。
人の幸せを喜べない人いますから。
家族の写真入り年賀状も、快く受け取らない人いるんだろうなーと思いながら書いてた。
一般的にもさ、独身の人に結婚式の写真、流産した人に子供の写真年賀状は傷つく
とか、言うけど、そんなんで差出人に不愉快な感情を抱く人は幸せになれないさ。
きっと。
そうじゃないと、やってられないよね!
この人に心酔はできないけど、ふわふわした自分にはなれそうな気がする。
けど、絵が描ける自分としてはこの人のイラストがどーも好きになれない。
下手うまな、落書きっぽいタッチ。
あたしの中の「かわいい」じゃない。
ので、このシリーズの元祖の本たちは買う気にななりません。